豊富なカラーバリエーションと仕上げパターンの組み合わせ、「塗り壁」と「外断熱材」とを同時に実現する塗り壁システムで好評のオメガアクロフレックス。
MYKEブランドを立ち上げたヤマチコーポレーションは、北海道で輸入資材を扱う事業をいち早く始め、自社で住宅建材を単独輸入しています。
自社輸入は、大手商社が行うものと思われていた時代。札幌のちいさな会社が、住宅資材の単独輸入を実行、そして成功させたのは、「ちいさい会社を大きく見せる工夫」「No.1をさがす」というポリシーにありました。
海外商品の外壁材の輸入を決めたその理由。
「北海道や一般住宅にない文化を、ここ札幌から発信したい」と考えていた1970年代後半、カラーバリエーションが豊富な樹脂サイディングの輸入を計画していました。
当時、札幌市を中心に寒冷地に対応する輸入住宅を手掛けていたグループのジョンソンホームズが、北海道仕様の住宅研究する中で「本州で開発された資材の性能性と北海道という地域への適合性」に課題を感じていたためです。北海道の住宅は、住宅業界にとって「実験市場」である時代。寒冷地に適応する資材の開発は積極的ではなく、また外断熱性能があるサイディングは派手な原色が多く、デザイン性が全くない状況でした。
このような状況から、ミントグリーンや、ベビーブルー、ミルクホワイトなどのデザイン性の高いパステルカラーが揃う海外のサイディングを輸入することを決心しました。
サイディングから、外壁塗り壁材へ。
ターニングポイントとなった発想転換。
早速、国内展示会に出展している、海外サイディングメーカーをあたりました。求めている「色」や「デザイン」を持っているところは少なからずありましたが、大きな壁となったのは「不燃申請」。海外商品は日本の防火認定基準を満たさないものが多く、新しい材料の申請が通りづらい状況でした。
「北米住宅を脱却しよう。競合がたくさんいる。それにはサイディングは必要ないだろう。」
というコンサルタントからのアドバイスをきっかけに、私たちの発想は大きく変わります。
そして、今までの北米住宅という強みから、ヨーロッパの住宅に着目。まさに発想の転換でした。そして出会ったものが、スペインやイタリアの住宅で使用されている「外壁塗り壁材」だったのです。
世界No.1の会社へのアプローチ。
「外壁塗り壁材」に焦点を当てたことで、「色」「デザイン性」そして「北海道の気候にあう性能」を持ち合わせた会社をピックアップ。数社選択肢がある中で決め手に欠けていた時「せっかくなら世界No.1の会社にアプローチしよう」とアメリカ・カリフォルニア州にあるオメガプロダクツインターナショナル社へのアプローチを決心しました。
ナンバーワンを探す旅は、現地で一番よく売れている地域で一番売れている商品をみること。その体験が、自信につながりました。
早速アメリカに出向き、オメガ社で一番施工実績のある住宅地域を現地視察。
「こんな住宅、日本で見たことない…」と驚きの連続でした。外壁塗り壁のデザイン性と、内装のプランニング、その組み合わせで完成する住宅としての魅力に感銘を受けざるを得ませんでした。そして「日本でも受け入れられ、流行することができる。」と確信に変わっていきました。
日本のちいさな街から来た、ちいさな会社であるヤマチコーポレーションを最初は、なかなか取り扱ってくれなかったオメガ社でしたが、輸入住宅の実績と全国販売の可能性を熱心に伝え時間をかけて受け入れてもらうことができました。
そして、MYKEを立ち上げたヤマチコーポレーションが、外壁塗り壁システム、オメガと出会ったのは、1998年。その歴史は、株式会社ヤマチコーポレーション、旧ハウジング山地株式会社の歴史にもつながっていくのです。
日本の左官職人に新しい発見、意外な効果。
北海道では、外装の塗り壁仕上げがほとんどなく、当時の左官業は基礎工事やレンガ、タイル貼りと作業がほぼ限定。そのため、新しいアメリカ製の材料の導入を担う職人の確保に難航。それでも「この商材は、職人技が命。わたしたちが受けた感動を、職人にも共有して一緒に売ってきたい!」と考え、オメガ社の研修制度を利用し、北海道の職人とともに再びオメガ社に訪れました。研修を経て、従来の日本の左官職人の地味な作業のイメージが一新、「外観デザインを造る、という住宅デザインの一番重要な役割を担うができる!」とこれからの仕事への未来図も描けるように。
こうして、ひとつの資材の輸入を通じて、国内で例をみない外壁ぬりかべ材の輸入で新しい住宅デザインの普及とともに、左官職人へのあたらしいチャレンジ精神を開拓することができたのです。
2000年、インターデコハウスフランチャイズシステムの登場。
オメガアクロフレックスの重要な役割。
「極寒な北海道の住宅性能を日本中に広めたい。そしてアメリカのライフスタイルのように、良質な住空間で、日本の家族の暮らしを良くしたい。」そんな思いで北海道からスタートしたインターデコハウスフランチャイズシステム(現 株式会社ジョンソンホームズ)。2000年11月のデビュー以降インターデコハウスは、効率の良い設計、コーディネート、そして自社で成功した営業ノウハウの提供と世界中から集めてきた、わたしたちの良質な資材で、日本の住宅の革命児との異名をつけられたほどでした。
中でもエンドユーザーからはそのデザイン性が好評。そのデザイン性の一番の立役者は「オメガアフロフレックス」だったのです。当時めずらしい、「チーズケーキ」「スノーホワイト」「カプチーノ」などとアメリカでかわいらしく名付けられた総勢60色のカラーは、多くのエンドユーザーを魅了していきました。ただの色がきれいなスタッコではなく、クラックが起きづらい下地構造で、しっかり家の外壁、敷いては家族を守る資材として、現在もインターデコハウスの街並みを彩っています。
STAFF voice
アクロフレックスはオメガ社で開発されている多数のスタッコ製品の中で、最も価値ある製品。
もともとはドイツの化学メーカーのBASFが開発していた断熱材=発泡スチロールを外断熱として戦後に残ったモルタル仕上げの中低層アパートの壁に使われ始めました。その断熱材への紫外線暴露防止と意匠性の必要から、アクリル樹脂塗料を開発し、さらに意匠性を高めることと接着、吸着、密着の3着を補強するため細かい砂利やそのほかのバインディング材をミックスして出来たのがこの製品です。当時、厳しい寒さであったヨーロッパでの外断熱材料の開発から誕生した製品システムで、特にロシアに近い東ドイツ、ポーランド、ウクライナといった地域の残された建造物が蘇っていったとも聞いています。